道路の整備は地域の暮らしや産業を支え、災害時には重要な役割を果たします。三陸沿岸道路の建設は、様々な知恵や工夫を凝らし急ピッチで進められ、震災後10年で全線が開通し、地域の人々の暮らしに役立っています。
復興のリーディングプロジェクトとして
東日本大震災からの復興に向けて、青森県八戸市から宮城県仙台市までの太平洋沿岸を結ぶ三陸沿岸道路の整備は、これまでにない速さで進められました。震災当時開通していたのは全体の30%程度でしたが、震災から10年以内に全線を開通させることを目標に整備が本格的に始まり、2021年12月に全線開通しました。
発生土を有効活用し地域の復興を支援
三陸沿岸道路の整備では、地域特有の地形によりトンネルの掘削や大規模な切土、橋の建設が続く区間が多く、工事によって大量の土が発生することが課題でした。そこでこの道路整備で発生した土は、被災自治体の復興事業に優先的に提供しました。これにより、被災自治体も沿岸部の嵩上げなどの復興に必要な土の確保がしやすくなり、各地での復興工事の助けになりました。
生コンプラントを直轄で導入し現場を支える
道路に限らず、当時の被災地では様々なインフラの復旧・復興工事が同時に進められていたため、建設資材や機材の不足が懸念されました。特に問題となったのが、コンクリートの主な材料となる生コンクリートの供給体制です。三陸地域には生コンプラント(生コンクリートを製造する工場)が少なかったため、当時の太田国土交通大臣は、三陸沿岸道路のための専用プラントを設置するよう指示しました。
宮古市と釜石市に専用の公共プラントが設置され、宮古地区のプラントでは11のトンネルと1つの橋梁、釜石地区では1本の長大トンネルに使用する生コンクリートを製造し、三陸沿岸道路の整備を大きく支えました。

通常の約20倍のスピード施工
三陸沿岸道路がこれまでにないスピードで整備を進めることができた背景には、いくつかの工夫がありました。震災直後は現場で働く人手や、生コンクリートの供給が不足していました。そこで、現地でコンクリートを打つのではなく、別の工場であらかじめ作った「プレキャスト材(コンクリートの部品)」を現地に運んで組み立てる工法を採用しました。これにより、工事期間を短縮することができました。
ほかにも用地取得のスピード化、埋蔵文化財調査の効率化、複数工事をまとめて発注するなど、三陸沿岸道路の整備はそれに関わる人たちの知恵の集大成となりました。
